松本清張を読んでいた。
昭和40年頃の東京の家庭の場面。
玄関を上がって廊下の隅の台に電話が載っている、とある。
当時、電話はまだどこの家にもあるわけではなかった。親戚の家、知人の家、あるいはテレビや映画の中でも、電話は玄関の靴箱の上や専用の電話台の上、応接間のような部屋にあった。
家族が集まる茶の間や台所にあれば便利だろうに、ちょっと自慢気に玄関などに置かれていたのだろうか?
わが家の電話は、わざわざ土足に履き替えねばならぬ土間の壁際にあった。
戸数30戸の集落の中で電話があったのは、たぶんわが家ともう一軒ぐらいだったので、近所の人が電話をつかわせてほしいと来られたときに土間なら便利であった。
ときおり、電話を貸してくださいとちょっとした手土産など持って来られるおばさんは、電話口で格別良い声で話しておられた。いつものしゃべり声とは違う声の高さであった。
半世紀前ののどかな情景が思い浮かんでくる。
電話は、ポケットやバッグの中にはなかった時代。