四斗谷へ入った。
四斗谷は生まれ育った地である。昔、年貢米が定められていたころ、こんな谷の田畑からは四斗だと殿様が定められたので、村の名前も四斗谷となったとかなんとか聞いたことがある。
四斗という年貢が重いか軽いか知らない。
ヨントタニ?シトタニ?としばしば問い直されたものだ。
シトダニと言うのがまあ正しいかな?この先は抜けられません行き止まりの谷間に23戸、人びとが暮らしている。
わたしが小学生だったころは30戸はあった。
こどもたちは男女それぞれに列を作っておよそ4キロの道のりを集団登校していた。
いまは男女あわせても3人とか聞いた。
高校卒業まで四斗谷に暮らした。
大学は、通えぬこともなかったが下宿生活をさせてもらった。就職、結婚、子育てをしながら仕事も続けた。
子どもが大学生になるのを機にふるさとへと戻った。
わけあって生まれ育った四斗谷から4キロほどのところへ。かつて集団登校した学校の近くに暮らすことになった。
ときどき四斗谷へ行く。
国道からそれて一本道で約1.5キロ。対向車にも逢わず前にも後ろにも車は走っていない。歩く人も自転車も見ない。田畑に人影もない。
昔は、春めいてくると道沿いの田んぼにもその向こうの畑にも鍬や鎌を動かす人がいた。小さなこどもたちが土手で遊んでいた。
だれにも逢わない道を走りながら、きれい、キレイと声が出る。
今年の春は開花が早くて、コブシも桜ももう散り急ぐ風情である。散り残った花がはらはらひらひらと風に舞いフロントガラスに貼り付いたかと思う間に、また吹き飛んでいく。
今は若葉、新芽が息吹く季節。
ひとこと、新緑などというけれど、とてもひとことで言い表せる光景ではない。
芽吹きの色は、白、赤、紫、黄色、黄緑、それらの色がもこりもこりと膨らんでいるようで、もあんと色が霞んでいる。
何色と言い表し難い春の情景の中にいることができる幸せを思う。しかもひとりで存分に。
誰と逢うこともないまま四斗谷をゆっくり、ぐるりとまわって国道へと戻った。