モノの住所

人の名前が思い出せない。
現に目の前におられてこうして話しているのに、あなたはどなたでした?と問うわけにもいかない。
ひとしきり話して、じゃあ…と別れたとたんに思い出すこともあれば、いっこうに思い出せず、ああもどかしい。
食器棚を開けて、あれ?何を出すつもりだったか。
いろんなものをしょっちゅう探している。探しながら、何を探しているのか分からなくなる。
ついに来たのか?いやいや、もうずいぶん前からの症状である。
探し物ばっかりで、とこぼすわたしの所へ整理整頓の上手な友人がアドバイスをしに来てくれた。
次々に出てくるハサミやホッチキスなどの文具をひとまとめにしながら、
「マエナカさん、モノにはそれぞれに住所があります。ハサミもホッチキスも、使い終わったら元あったところに返しておけば行方不明にはなりません」
ピシリと言い渡された。
モノには住所…と自分に言い聞かせながら過ごす日々が続いたが、やっぱり、メガネは? 住所録は? と部屋をうろうろ、机に積み上げた新聞、文庫本、メモなどを右へ左へ。
ある日、「 腕時計が冷蔵庫から出てきた 」と片付けじょうずな友人から電話がかかってきた。

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