ふるさとを離れていた頃、ふるさとの秋を思えば、青空の下、そびえる古木に実る柿が陽に照り輝いている風景が浮かんだ。
小さな集落のどの家にも、家の横、裏、あるいは前の畑の畔にも、きっと柿の木があった。クボ柿と呼ばれた小さな甘柿である。
あの頃―、柿は見上げる高さに実をつけていて、背伸びをしても届かなかった。手の届くところにあるのはおいしくない、とおとなは言う。
長い竹竿をさしのべて、柿の実のついている小枝を絡めてひねりとる。専用の道具が作ってあった。
高~いところの柿は、太陽をいっぱいに浴びて、いかにもおいしそうに輝いている。
取りたいけれど、長い竹竿は重い。ユラユラ揺れて、めざす柿の実にうまく届かない。
ようやく竿の先に引っ掛かっても、ソロリソロリと竿を下ろす途中で実は落下、地面にぶつかってグシャリ。
身が軽かった頃は柿の木に登った。
手でもぎ取った柿を枝に腰かけて、種を吐き散らしながら、いくつもいくつも食べた。
集落には店など一軒も無かった。
秋は、蒸かしたさつま芋や栗、柿がおやつであった。

今年は柿が豊作である。
びっしりと実を付けた枝が重みで地面に届きそうになっている。
豊作過ぎて実はさらに小粒である。
しゃがんでも取れる柿の実は、ありがたみが少ないような気がするけれど、かじってみると甘かった。
干し柿用の渋柿は収穫され軒下に吊るされている。昔も今も変わらぬ景色であるが、竿を揺らしながら小さなクボ柿取りに興じている情景はさっぱり見ない。
柿の木に登っているこどももいない。

「柿」への1件のフィードバック

  1. 「あれがないこれがない」、「柿」と連日の投稿とは嬉しい。
    しばらくないのも元気だろうか気にかかる。あれがない、これがないは老眼の出始めた
    40歳半ばから始まった様にも思える。反面、そのころから深刻に悩みも忘れやすく
    ボケは神が与えた最大の贈り物がわかる気がする。私の生家は佐渡のおけさ柿の
    出荷業者でもあった。柿と言えば焼酎で渋を抜く八珍柿(種無し柿)でクボ柿は知らなかった。
    いろいろの投稿から、この年でも新しい知識を得るのは嬉しい。ブログが楽しみだ。

Zinitiro Shirai へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。